2024年6月15日 早朝

静かなる浪費
かずさ 2024.06.15
誰でも

目が覚めた。4時45分、台所の窓から寝室に光が差し込み、自然と体が起き上がる。そのまま台所へ行き、湯沸かしポットに水を入れる。コーヒーを淹れながら換気扇の下で煙草を吸い、前髪を切ろうと思う。寝室のワゴンから段ボールから太いロープまで、何でも切れて便利な赤いハサミを手に取り、髪を切る。前髪を切るつもりが、耳に覆い被さる顔周りの髪が気になり、ざっくりと、3センチほど切ってみた。何だかいい感じ。両サイドを整えるともみあげが気になってくる。ワゴンからカミソリを取り出し、左のもみあげを剃り上げる。これは失敗。もみあげには存在する意義があった。右は残して中途半端な仕上げをする。顔にまとわりついた切った髪の毛を水道の水で洗い流す。5時半、隣接する民家から水道の水を出す音がする。鳥が鳴くチーチーチーという声、上の回の人も起きたようだ、足音が聞こえる。みんな早起き。パジャマがわりに来ているワンピースを一度脱いでバサバサと髪の毛を払い再び着る。寝る時に下着は付けない。引越して来るまでは何も着ずに寝ていたけれど、この家にはまだ慣れていない。何となく全裸でいることを躊躇し、裸にワンピースを羽織っている。ここでは静かにしていたいと思う。コーヒーカップをテーブルに置くときも、蛇口を捻る時も、床に足をつける時も、なるべく音を立てないように、ゆっくり、ゆっくり。ここに来るまでは掃除機を買おうと思っていたけれど、掃除機はいらないと今は思う。この家にはうるさすぎる。床にカーペットを敷いたことは床を歩くときのしたしたという足音がしなくなり正解だった。気になるたびにコロコロでカーペットを掃除する。台所の床は掃き掃除をする。気になった時に拭き掃除もすれば、そんなに広くない部屋だから十分だ。

洗濯機と自転車は購入した。洗濯機が28000円。自転車が35000円。高い買い物だったけれど譲れなかった。自転車はネギみたいな緑色。お店にある一番変な色の自転車を選んだ。ベーシックな黒や白の自転車より安い上、一目で自分の自転車とわかる。買った時は変な色だと思って選んだけれど、昨日自転車を買い、〇〇から帰って来る時にはもう気に入っていた。わたしみたい、わたしらしい自転車、あいぼう。まだ乗り慣れないのでゆっくりと漕ぐ。人の多い場所では自転車を押す。気をつけて気をつけて走る。夕方〇〇のほうへ行き、帰り道、まだ土地勘がないので真逆に突き進んでいた。地図を買おうと思う。地図に行った場所や気に入ったお店を書き込んで行って、道を覚えて街に慣れていきたい。

洗濯機は白。洗濯機のある生活、物干しのある生活。昨日、うっとりしながら洗濯物を干した。これまで5年間はランドリーに行き部屋干しをするか、シャワールームにバケツを置いて手洗いして、脱水が足りず床に水をポタポタ落としながら干していた。ランドリーで一度洗濯機を回すと300円するから、1週間分ためて重い袋を担いで行かなければならなかったし、最後の1ヶ月はすぐ近くのランドリーが閉店してしまい、ますます不便になっていた。ランドリーで人の目を気にしながら洗濯をすることも、マナーの悪い利用客に無駄にいらだってしまうことももうない。部屋の中に洗濯機がある。洗濯機は白、冷蔵庫は白、炊飯器は白。白物家電、素晴らしい生活。

しかし、今この瞬間素晴らしいのだけれど、問題は洗濯機と自転車をクレジットカードで買ったということだ。手元にお金はなく、来月3日に入ってくる保護費は住宅手当を除いて生活に使えるお金は7万円ほど。洗濯機と自転車ですでに63000円使っている。だからリボ払い、恐ろしいリボ払い。みずほ銀行で借りているお金も35万円あり、月々8000円ずつ返済している。

6月12日に横浜市から転出をし、13日に新しくお世話になるこの街の生活保護係で手続きをした際もみずほ銀行での借金のことを突っ込まれたが、クレジットカードの負債のことは言い出せなかった。怒られる。怒られたくない。日々の生活の中で浪費している物といえば、どう考えても煙草だ。一日二箱吸ってしまう。一箱14本入りで420円、二箱で840円。一月が30日として・・・恐ろしい。怒られる。煙草をやめれば借金の返済も苦ではなくなる。

この街のケースワーカーさんからは自己破産の提案もあった。35万円という額での自己破産は悩むところだけれど(実際はクレジットカードもあるのでもっとある)一度すっきり清算してしまった方が家計をやりくりしやすくなりますよ、法テラスに相談できますよ、弁護士さんに支払うお金は国から建て替えて、少しずつ返せますよ、ということだった。すぐに働いた方がいいのではないか、と思いケースワーカーさんに言ってみたところ、私は障害者手帳を保有しているため就労指導の対象ではないそうだ。そんなことを考えながら3本目の煙草を吸う。意志が弱すぎる。そもそもこの家は禁煙だ。敷地内全面禁煙で窓の外の少しばかりの庭先で吸うこともできないと知った時にすぐに、よし、換気扇の下で吸おうと決め、止める機会をうっかり逃す。ケースワーカーさんに禁煙外来に行けないか相談しようか、いや、するべきだ。

もう一つコストがかかっているものといえばFEEL CYCLEだ。4月から通っているフィットネスクラブで、暗闇の中で音楽を楽しみながら自転車を漕ぎまくる全身運動で滝のように汗をかく。横浜では週に4〜5日通っていた。月額18000円。流石に・・・と思い今月は回数を8回のコースに変更し、それでも月額14000円。高級フィットネスなのだ。しかしこれはもうカウンセリングだと思っているところがある。45分間のプログラムの最中は無心になれるし、大量にかいた汗を清潔なシャワールームで流す時の開放感と、その後大きな鏡の前で下着姿の受講者の方たちと肩を並べてドライヤーをかけて髪を乾かしていると至って普通の人に擬態できる。つまり、会社帰りっぽいスレンダーな女性やぽっちゃりした主婦っぽい女性、友達同士で通っている学生さんっぽい女の子たちと自分は何も変わらない。すごく高級そうなレースのショーツやスポーツブランドの下着を身につけているところは違うけれど、一見してわたしは何も変わらない。そうなのだ、本来何も変わらない普通の女性なのに、いつも劣等感を抱いている。自分は落ちぶれている、働いていない、人に迷惑ばかりかけている、頭が悪い・・・比べなくていいのに、自分のダメさにがっかりしてばかりいる毎日。でも、ここに来る2時間弱の間だけは、みんなと肩を並べて鏡に映る自分だけは、普通に普通なのだ。これは明らかにカウンセリング効果を発揮した。単純に運動をすることにもメンタルに効果はあるが、それだけなら外を走っていればいい、無料でできるのだけれど、わたしはこの2時間に価値を見出してしまった。そんなわけで引越して以降も店舗を変えて続けたいと思っている。

今日の日記を書いているつもりだけれどまだ朝の6時半。今日はどんな一日になるのだろうか。

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